悪とは…【カルマのお返し】

悪」とはいったいなんなのでしょう…

例えば、特撮ドラマにも「正義と悪」があります。

単純に表現するなら、「人類を苦しめる立場」にあるのが“悪”であり「“それ”を懲らしめる」のが“正義”といったところでしょうか。

結局、人々を苦しめる環境から救うのが「正義」なのだとしたら、苦境のものは全てが「悪」なのです。

では“(特に悪しき)カルマのお返し”は「悪」なのでしょうか?

いやむしろ、「正義」なのではないかと思うのです。

端的に見れば、苦しいことや酷い、理不尽なことなど現世に生きる私たちにとってみれば、「悪」に過ぎません。

たしかにその出来事自体を見れば、「悪」といえなくもないでしょう。

しかし、その本質は「過去世における悪」を数多く強いてきた私たちに“逆の立場”を経験させることで「痛みや苦しみ」を知ることで、“その行為が悪だったと自覚させる”ための正義なのです。

どうして、私たちが「悪い」と思っていることがなぜ悪いと自覚できるのか?
不思議に思ったことはないでしょうか。

例えば、小さな子供が育つにあたって、友達や先生などと喧嘩やいじめといったトラブルに遭遇することがあるでしょう。
もちろん日々の生活でも、なかなか言うことを聞かずに周囲に迷惑をかけてしますことも決して少なくないはず。

しかし、その行為を行なった本人は無邪気≒自覚がないのです。

そこで迷惑をかけたことを知って初めて、「ああ、悪いことをしたんだな」と自覚するのです。

魂にもこれと同じことがいえます。

過去世で、あまりにも自分勝手に振る舞ったが故に、他者を傷つけた結果、「反対の立場を経験し、(悪き事だと理解して)償ってもらおう」と決めて、現世に生まれてきた私たちに現れるのが「カルマのお返し」なのです。

当然、現世に生きる私たちにはそれを知る由もないので、理不尽極まりないと思うでしょう。
もちろん、私だってそう思うことは多数あります。

でも、それは「(過去の)自分が同じことをした」が故の出来事です。

決して、“いじめるために”仕組まれたものではありません。
むしろここで「カルマのお返しなんだな」と自覚し、取り組んでいけることを渇望されて私たちは現世に生まれてきています。
つまりここで、“どう感じ、行動するか”が分岐点なのです。

例えば、サラリーマンをやって「なかなか給料が上がらない」というのも1つのカルマかもしれません。
それは、過去世で人を遣う立場(例:社長や代官・庄屋)にありながら、私服を肥やし、(立場が下の者に)苦しい思いをさせたが故という場合も…
しからば、自身だけでなく他人を思いやりお金を使うことが求められているのかもしれません。
※もちろん、人それぞれにテーマや課題は異なるので、1種の例えとして理解いだたければ幸いです。

「じゃあ、私のテーマは何?」という場合のヒントを出すなら、“自らが苦しみ・悩む課題の本質を知ること”です。

お金関係で悩むなら、“少ないながらも他人のために遣う”ことや人間関係であるならば、“嫌われているからこそ、他者を愛する”ことなど、逆の立場による償いを求められています。

現世でどんな善人であろうとも、魂の歴史からすれば、「悪しきこと」は多数存在しています。
だって究極、私たちは生きているだけでも、自然(動植物)から命を奪い生きている」のですから。

2020年8月投稿分

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