今年は124年ぶりに“2月2日”に節分が行われました。
124年なんて、それこそ自身の3代前(高祖父・高祖母)ぐらいのお話ですから、ある種“一生に一度”の機会だったわけです。
そんな節分の中で行われるのが“豆まき”であり、お馴染みの掛け言葉があります。
そう「鬼は外、福は内」ですよね。
この掛け言葉の意味は「悪いもの(邪気)は外へ、幸運(福)は内へ」というのが大方の見解だと思います。
しかしながら、この掛け言葉に私は霊的真理の観点から違和感を感じました。
要は「悪いものは除け者にして、良いものをどんどん取り入れましょう」という解釈のこの言葉は、まさに現世的な生き方そのものだと思うのです。
私はこの“鬼”という文字を見た時に何故か親近感が湧きました。
何故なら“魂”という文字にも“鬼”が使われているからです。
この“魂”という文字は「云」(うん)と「鬼」の二文字から成り立っています。
「云」という文字はもともと、空の雲を表す言葉が語源だそうで、「もやもやした様子や口ごもる様子など“はっきりしない”こと」を表します。
(ここからは私独自の見解なのですが)「魂」とは、「鬼になりきれていない」≒「(ある程度の)思いやりや理解力がある」ということだと思うのです。
よく捨て台詞のように「このオニ!!」なんて言葉を耳にしますが、この場合の“オニ”はまさに「情けもかけない非情な様子」を意味します。
私たちは、多くの魂の歴史の中で“自らの幸せのために、(他人に)情けもかけない非情なこと”をやってきました。
それが正に「鬼は外、福は内」だと思うのです。
しかし本来はその“鬼”(カルマ)の清算をし、人のために尽くすことを目的として私たちは現世に生まれてきました。
つまり鬼は内、福は外」の考えなのです。
「自らの“鬼”と向き合い、その上で他人に寄り添う」
これがこの世界で生まれてきた私たちの使命でもあるのです。
2021年2月4日 投稿分
コメント