「桃園の誓い」というのをご存じでしょうか?
漫画やアニメなどで有名な三国志演義の中で、劉備・関羽・張飛の3人が(義理の)兄弟の誓いを果たしたという有名な逸話です。
”我ら3人、生まれた日や場所は違えど、義兄弟としての誓いを果たしたならば、志を同じくして、共に多くの者のために力を尽くし、願わくば死する瞬間も同じでありたい”</p>
そういった内容の誓いを果たしたと言われています。
この誓いの真偽はさておき、私たちが現世に生まれる(再生してくる)時も同じような誓いを持って、この現世に降りてきています。
「(自らの)グループソウルを向上のために、現世での生活を通じて霊的真理を学んできます」
守護霊・本魂・魂(グループソウル)の三者で誓いをたて、霊的真理を少しでも深めるために現世で生きることを許されたのです。
しかし、現世という(霊界からすれば)生きづらい世界に降りると私たちはその使命を忘れてしまいます。
それは「霊的真理を腑に落とす≒学び」のために、あえて忘れさせているとも言えるのです。
私たちは”あらかじめわかっている”ことに対しては、備え・身構えるので感情の起伏は少ないこと多く、偶然・偶発的に起きた出来事に対してはプラスであれ、マイナスであれ大きく感情が揺れ動きます。
これが”感動≒感情が動く”なのです。
その感動に対して、どれだけ学べたかを最終的に査定されるのです。
幸運な出来事も、理不尽な出来事も、その人にとって学んでもらうためにある大切な出来事なのです。
でも私たちは表面的な見方にとらわれがちで、その本質に気づくことは多くはありません。
「一所懸命働いているのになんか居心地が悪い」→でもがんばるしかない。
それを社会的立場や金銭的価値などの現世利益だけで判断してしまうのは、実にもったいないのです。
カルマ(反対の立場を経験する)なのかもしれないですし、もしかしたら”合っていない・間違っている”というサインなのかもしれません。
カルマであれば、それを受け入れて自分が変わっていけば自ずと周りの対応も変わっていきます。
サインなのであれば、自分を見つめ直す必要があるのかもしれません。
霊的存在(本魂さんや守護霊)と繋がったときに初めてその価値観に気づくのです。
「辛い」・「苦しい」は、(霊的真理においては)大きな前進かもしれません。
一方「楽しい」・「容易い」は自らの学びを阻んでしまっているかもしれません。
スピリチュアリズム(霊的真理)は”影の価値観”でもあります。
特にあなたが苦しい・辛いと思うのならば、その価値観を知ることは”本当の自分の使命”を知るきっかけにもなります。
霊界での誓いを果たすために、今こそ動き出してみませんか?
2022年6月23日 投稿分
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