犠牲の上に成り立つ“生”

「人間とは、犠牲がなくては、生を謳歌出来ぬ獣の名だ。」

この格言は、アニメ作品「Fate stay night」の中に登場するキャラクターである、ギルガメッシュ(古代メソポタミアの王)が<br>言い放った言葉です。

私自身、それほどアニメに詳しいわけではないのですが、この混沌とした昨今の世界情勢においてこの言葉は正に胸に突き刺さるものがありました。

直訳すると「人類は何かしらの犠牲がなければ、生を自覚できない生き物である」

私たちは動植物をはじめ、様々な物からの犠牲をもとに生きています。
でも、それが当たり前すぎて“気づかないのです”
当たり前に生活できること、それは実は本当に特別なことなのです。

毎日、食べ物を容易に手に入れ、口にすること。
毎日、生活する上で必要なお金を稼ぐ機会(仕事)があること。
毎日、雨風をしのげ、心の休息が出来る“家”があること。
毎日、何の不調もなく健康に過ごせていること。

挙げれば、キリがないのですがこれらは本当に“特別なこと”なのです。

新型コロナウイルスの騒動により、“当たり前だったもの”は何かしら犠牲になりました。
それが、仕事だったり…学校だったり…趣味だったり…

誰一人として、犠牲にならなかったものが無かったとは言えないと思います。

でも、“犠牲”が無ければ生きることができないのも、また人間です。

病気を治す医療技術が発達しているのは、それまでの多くの人たちの命を教訓にしています。
強固な建物や安全な技術が発達しているのも、それまでの多くの災害・事故があってのもとに成り立っています。
そして、今日私たちが生きていられるのも、過去を生きた多くのものたちの犠牲によって成り立っています。

常日頃、誰かの犠牲で成り立っていることに“感謝する”ことは、難しいかもしれません。

でもこんな時だからこそ、“犠牲の上に成り立つ「生」に感謝”すべきなのではないかと思うのでした。

2020年5月12日投稿分